財団法人 麗澤海外開発協会 30年の歩み 掲載記事

私のネパール体験記(2002年1月)
坂井秀雄

カトマンズ空港に着いてすぐ10人くらいのネパール人に囲まれ、日本語で「どこ行きますか? 富士ホテルですか? 畑さんですか? 畑さんの車が来てます」と言われ、信じて車に乗ってみたものの、ちょっと危険を感じたので、すぐに降りた。空港オフィスで「電話を貸してくれ」と言ったら、この人も「畑さん知ってる、私かけてやる」と言う。到着早々、畑先生の有名なこと、皆から敬意を表されていることにビックリした。

翌朝、8時からロイヤルあんまセンターで、ボランティア向けに初歩の指圧講義をしたが、治療活動をしているベテラン勢の質問が多く、なかなか前へ進めなかった。皆の熱心な姿に驚かされた。

ヘルスキャンプへは朝6時半にホテルを出発・・・。真っ暗な中を10数人乗った軽トラックででこぼこの道を約30分間。灯もストーブも窓ガラスもない吹きさらしの牛小屋のような所で、わらのむしろと薄っぺらな敷布団のみで治療が始まった・・・。患者さんの病態は過労と冷えが原因の膝・腰の病気が最も多い。栄養失調からの喘息、腹痛、頚痛、生理痛・・・。そして怪我をしても近くに病院も薬局もないし、保険制度もなく、未処置のまま固まってしまった病気が多い。一番鍼で治る都会的な虚証の人は約1割で、第一次産業の山村生活者が多いので、五番から十番の鍼が合う。実証の人が9割くらい、ボランティアでもできる即効性のある透熱灸が大変役に立つ。そして何よりも寒い所なので灸頭鍼がたいへん重宝である。

また、畑先生考案の素焼きのヨーグルト用土器によるよもぎの保温器・・・。これはまさにTPOにかなった絶品であるということを、この場所に来て初めて知った。

治療が始まって約1時間、寒さが頂点に達した頃、あっつ~いチャイの差し入れがある。血行が巡り身体が温まり、一気に元気が出てくる。また後半が始まる。11時にカトマンズへ戻ってカジェンドラ君のマッサージを受けた。日本から遠く離れたネパールで超一流の古典のマッサージに出会えるとは思ってもいなかった私は、その場で弟子入りすることに決めた。

1週間のキャンプで私は思った。20人もの若者がよくこんな大変な仕事をボランティアでやるものだ。免許のある人には技術の実践の場として役立つが、免許のない人はまさに奉仕の精神そのものでしかない・・・。将来この道に進めばきっと立派な治療師になるだろう、と思える人が何人かいた。

その他いろいろな考えの人が畑先生の情熱をエネルギーに引っぱられて動いているように感じた。すべてのスタッフを我が子のように思っている先生は、彼らの一語、一挙手一打足に至るまで厳しく叱る。その光景を目の当たりにして私は感動して涙してしまった。

次の計画としてのもぐさの工場も、「雑草でしかないよもぎを仕事のない山村の人に集めてもらい、それを細かく選り分けるのは、目の不自由な人や車椅子の人にでもできる。そして、もぐさとして使えない捨てる部分を利用して、よもぎ染め、よもぎソバ、よもぎもち、よもぎパン等を作ることは、学校に行けない文盲の人たちにでもできる」。こういったすべての考案の元に、「私がいなくなっても皆が自立して生きていけるようにしてあげたい」という母性愛そのものを見た。

今回私はキャンプに何の用意もせずポッと参加しただけで、奉仕活動からくる幸せをたくさん頂いてしまった。当日だけのことを考えても、何日も前から大勢のスタッフが準備をしてくれていたから私が治療をさせていただけたのだし、毎月1回のキャンプも恒例にするには、何年もの地味な努力と大変な苦労の積み重ねがあればこそではないか・・・と思い至るにあたり、私は恥ずかしくなってしまった。

畑先生、スタッフの皆さん・・・ありがとう。

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